同窓会に向かって! その意味を考える


同窓会の日まで、もう少しとなってきた。

私の身近な人物が、同窓会に対して下記のようなことを言っていた。

「想い出を話して、昔を振り返ってもどうしようもない」

「だから、同窓会にはいったことがない」


この言葉が、ずっと頭に残っていた。

 丸山真男の著書「日本の思想」にある、『「である」ことと「する」こと』を高校の現代文でならったのが衝撃的で、いまでも思い出すことがある。

 それからというもの、同窓会というのは、同級生であるという人間の集団であって、何かをする集団ではないから価値のないものではないかと、ずっと思い続けてきたのだ。

 社長であるから偉いのではない。校長であるから尊敬するのではない。首相であるからすごいのではない。

 偉い人は、社長でなくとも、校長でなくとも、首相でなくとも偉い。
 尊敬できる人は、肩書きがあるから尊敬しているのではない。

 人の信頼を集めることができるから尊敬するのだ。

 誰よりもヒットを打つことができるからすごいと思うのだ。

 

 だから、同窓会は、・・・であるというものであって、○○○できるとか、△△△するというものではいと考えていたのだ。

 男性同士の電話は、だいたい用件だけて終わることが多い。だから、話をするためだけに集まることはほとんどないといってよい。

 一緒に酒を飲むとか、ゴルフをするとか、・・・するついでに、話をするのだ。

 そのついでに、でてきたのが、今回の同窓会の話であった。

 同級生同士でゴルフをする機会が増えた、一昨年暮れくらいであったろうか。久しぶりに会った友人らと飲んでいるうちに、

 「同窓会でもやっか」

 「俊ちゃんがやるしかあんめぇ」

 「そおぉけぇ。んじゃ、やっかなぁ」

という感じで、持ちあがってきたのだ。

 
 しかし、そうはかんたんにはできないと思っていた矢先に、思い出したのが、テレビ東京の夜11時から放送している「ワールドビジネスサテライト」の番組で、同窓会ネットという会社について記憶していたのを思い出したのだ。

 私が発起人代表となり、その会社に依頼したのだった。そうしたら、他にも発起人の名前を挙げて欲しいといわれ、当時、ゴルフをしていた同級生らの名前や、ゴルフ場に勤めている同級生、ミクシィなどで交流のあった同級生らに、一応許可をもらって挙げさせてもらったものだ。

 同窓会の幹事の仕事は、ほとんど会社でやってくれるので、ただ、10人くらいの名前を出すだけだからというので、そんなに深く考えずに挙げてしまった。代表の私の名前だけでいいと思っていたのだ。

 発起人にあたり、もっと、考えた方がよかったのではないかというご意見も発起人のなかからありました。ご無礼等がありましたら、この場をかりてお詫び申し上げます。

 発起人代表だけでなく、発起人の名前がこれほど表に出るとは思ってもいなかったものでお許しいただけたら幸いです。

 

 今回、同窓会を開催するにあたって、発起人よりメッセージに

思い出を語り、近況を語り、そして、未来を語ろう

 としたのは、思い出だけでは、・・・であるというものになってしまうという考えがあったからだ。

 同窓会だから、思い出話に浸ることは、当然である。ただ、それだけでは、ないと思ったのだ。

 そうすることによって、これからの
生きる糧
 につながるのではないかと考えたからだ。

 だから、「そして、未来を語ろう」ということを、どうしても伝えたかったのだ。
 昔を語るだけなら、同窓会など何にもならないが、そこに、これからくるであろう'''激動の時代を生き抜く力'''を、一人でも多くのみんなが感じられる何かがあると思ったから、開催する意味が充分にあると思ったのだ。

「である」仲間から、「する」仲間へ


 そうCHANGEできる機会が、同窓会ではないだろうか。(オバマ君)

 一人でも多くの参加者が集うことができるように、尽力していきたい。



 

 

 
 
 

 

 

 

 
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