おくりびと 

昨年、見逃した映画で、「おくりびと」を見ることが、先日できました。
ツイてる。ラッキー。

まだ、上映しているところがあるんですね。笠間ポレポレホールというジャスコの中の映画館でした。


 重い映画だと思っていたのだが、全然そんな感じがしませんでした。

 映画は、すてきな絵の集合体みたいに思っているのですが。今回は、それをとくに感じました。

 台詞や解説ばかりの映画ではなく、目立たないけれども、久石穣の音楽の中に、活きた俳優陣がの無駄な動きがなく、自然に溶け込み、洗練された映画だと思いました。

 これならば、モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞してもおかしくない作品だと思います。



 そして、何がよかったかっていっても、役柄と役者が適材適所で、否の付け所がまったくなかったことである。

 この役には、この人しかいないと思えてしまった。

 これも、滝田洋二郎監督のなせる技でしょうか。

 納棺師なる職業は、本当にあるかどうかわかりませんが、実にすごい仕事だと感じました。峰岸徹の遺体をどこかの業者が納棺しようとしたときの扱い方と、納棺師本木雅弘の儀式とは、天と地の差を感じました。




 パンフレットにもある言葉の通り、
悲しいはずのお別れを、やさしい愛情で満たしてくれるひと。

 が、まさに納棺師であると思いました。

 その納棺師の儀式がとても、きれいであった。いろいろ言われても、毅然としていた態度には、感銘を受けました。

 今でも心に残っているのは、
石文
である。
 文字もなかった時代には、人々は、自分の思いを伝えるために、思いと同じかたちをした石を送ったという。

 すごいロマンチックな話だと思いました。上記の写真が、石文を送っているシーンです。ほんと、映画館の中がシーンとなりました。私の心はジーンとなりました。

 そして、

死は門である

 という言葉が、印象的でした。死=終わりではなく、次への門であると。

 人間は、死を意識しないと、生も意識できないと考えています。

 若い人々などは、死など考えてもいないでしょう。

 死を意識すると、生き方が変わります。

 地球村代表の高木善之さんの講演を聴いたことがあります。彼も、バイク事故によって死の淵をさまよってきてから、生き方が変わったと言います。

 生まれ変わりの村や、あの世はどこにあるのか等の著書のある森田健氏は、死は終わりではない。あの世はあるといっています。さらに、生まれ変わりもあるという。

 私も死を意識したことが2回ほどあった。彼らほど本当に死ぬという状況には全くなかったのだが、意識してから生き方、考え方が少しながら変わったように思う。

 50年先かもしれないし、明日かもしれない。

 そう考えると、というものをとても大切にするようになった気がする。

 今目の前に在る人・事を。

 そして、無理をしないようになってきている気がする。

 無理は長続きしないから。

 
 そして、この映画には、たくさんの愛が詰まっていた。夫婦の愛、高齢者の愛、そして、我が子への愛・・・

 最後の石文の意味をもう一度観て思いを感じ取ってみたい。

 一度だけでなく、時間をおいて、再び観たい映画であった。

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