不忘歴史 面向未来




「不忘歴史 面向未来」

とは、日本語に訳すと、「歴史を忘れず、未来に向かおう」となる。

この言葉は、2001年に訪中した際に、南京大虐殺記念館のいっかくに、日本平和の花園建設の会が主体となってつくられた石碑に刻まれた文言である。

歴史は、変えることができない、隠してはいけない、正しく伝えられるべきものである。

日本では、臭いものに蓋をするということわざがある。その名の通り、歴史に対しても臭いものに蓋をしようとする動きが多分に見受けられる。

その代表的な例が、南京大虐殺事件であろう。

紫金草を平和の花として、日本中に広めた、山口誠太郎博士は、南京事件の後、軍人として南京の地を訪
れ、「これが、天皇の軍隊のすることか」と口にしたという。

これには、2つの意味がある。一つは、「天皇の軍隊が、このようなことをしていいのだろうか」ということである。もう一つは、「これが、天皇の軍隊の実態か」というものである。この言葉が漏れ、軍法会議になり、退役したようである。

また、山口博士のこの出来事をもとに造られた絵本 http://www.shinnihon-net.co.jp/catalog/product_info.php?products_id=1135 がある。

この著作者のところには、度々、「戸締まりはきちんとしよう」というような怖い電話がかかってきたりしているという。

これも、臭いものに蓋をするあらわれなのだろうか。

私が、特に学生時代にお世話になった先生も、自宅まで街宣車が来たことがあることを言っていたのを思いだす。

その先生が、言っていた言葉を思いだす。「法とは正義である。正しいものほど強いものはない。」と。

山口博士も、いろんな圧力がかかっていたと思う。しかし、自分が正しいと思うことを実践してきて、ここまできたのである。まさに、正しいものほど強いものはないと感じた。

紫金草の名付け親である山口博士の息子さんを中心とする平和の花園建設の会の目的は、中国の南京市に紫金草の花園をつくることにある。

広島や長崎、アウシュビッツには、歴史を忘れないために、それなりのものがある。しかし、南京には、虐殺記念館はあるが、広島、アウシュビッツに匹敵するようなもはない。

そこで、日本人から、一口千円の寄付を集め、そのお金をもとに、南京に公園を造ろうというのである。

その目的が、南京虐殺から70年目の来年12月に完成しようとしている。

その公園の模型が、2枚目の写真である。

日本円にして、約60億円をかけて、虐殺記念館の拡大工事が行われるのに伴い、紫金草の公園ができるのである。

たった一人から始まった平和運動が、日本中に広まり、人口600万人の南京市を、そして、中国政府をも動かしたのである。

余談ではあるが、私は愛煙家であるが、中国でも喫煙できないところが増えてきたように思う。今回、公園の模型を見せてもらった会議室も禁煙の表示であった。しかし、毎年、訪れているためか、会議室に私がすわるなり、私の席にだけ、禁煙にもかかわらず、灰皿が用意してくれた。

ありがとうございます。

山口誠太郎博士の故郷の山に、そっくりな山、紫金山(3枚目の写真)。彼は、故郷を思いだし、南京事件を鑑み、そして、何を思ったのであろう。

私も、世界最大の城壁、南京城壁の上より、紫金山を眺めていた。

職場の皆様には、年度末の忙しい時期に、訪中させていただき、感謝いたします。

ありがとうございます

紫金草の花園が、歴史を忘れず、より良い未来に向かう、出発点になれたらと祈っている。

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