地域経済の活性化のために

私は二〇〇四年から県内で児童虐待にあった子を預かる施設に勤務している。心を閉じてしまった子にどう接してゆこうか、日々そのことで悩みました。少子化が進み大切な大切な子ども。それもたった一人の最愛の我が子を、なぜ虐待してしまうのだろう。よくよくの事情があったのだろう。それを追求してゆくと個人の問題ばかりではなく、社会そのものにその根源があることが分かりました。
 この病根は深く広く、日本全体を覆っています。それが長期にわたって行われた結果、今の社会現象として現れているのである。家庭の崩壊、虐待、孤独死、ひきこもり、少年非行、親・子殺し、多重債務、ホームレス、年間三万人を超える自殺者、それにリストラ・失業等も同じ原因からきています。その原因とは、社会の基礎部分である経済システムに
 童話『モモ』の作者で知られるミッシェル・エンデは『エンデの遺言』のなかで次のように述べています。
 「この金融システムは、これまでのあらゆる戦争よりも、あらゆる環境の困窮よりも、あらゆる自然の災害よりも、 多くの死と貧困と問題を生み出しています。このシステムは、実際、大半の戦争の根であり、大半の対立、社会崩壊 の根です。なぜなら、数学的に不可能であることと実際的な必要との間で、折り合いのつかない食い違いが折り合わ されているからです。
  もし私が本当に、一〇〇〇年もの間、世界を苦しめてきたこのお金のシステムの悲惨に心を開いたら、自殺してし まうかもしれません。私には、それをふさわしく受けとめることができません。
  時々、それを締め出さなければならなくなります。そうしないと、生きていけません。それは、恐ろしいものです。 毎日、テレビでも、新聞でも、その爪痕が伝えられます。しかし、その原因がいまの経済システムにあることは伝えら れません。もし、その真の原因を理解したなら、誰もがおかしくなるはずです。
  私の希望は、若い人たちが、いかに、このシステムが自分たちの未来を壊しているかを大人以上に理解することです。 そして論理的にわかったら、感情においても、直観においても、そのことをとらえることへの道筋を見いだすことです。 きっと、頭でわかるでしょうし、心や情でもわかるでしょう。そうしたら、何かを変えることができます」
 そしてさらに、何でもお金で買えるシステムが人間社会ばかりでなく、オゾン層の破壊、酸性雨、大規模な海洋汚染や温暖化などの地球規模の環境破壊を引き起こしているのです。
 さて、それでは紙幣の何がいけないのでしょうか。それは交換手段としての役割と大きくかけ離れたところに紙幣があるからです」
 「人がつくりだしたどのような物質的富も物理法則に従って必然的に消え去ります。この自然の力を誰も否定でき はしません。エントロピーのゆえに時間の影響を受けるのです。しかし人間はこれから逃れ出る出口をつくりだしまし た。それが、いまあるお金です。
  例えば、私たちが財布にもつ千円札は、インフレやデフレの影響を考えなければ、今日も千円の値打ちですし、明 日もそうです。ところが、この世のものは何であれ、時の経過のなかで、錆ついたり、劣化したりしていきます。若くぴ ちぴちした肌にもいつしか皺が刻まれます。でもお金は、例外なのです。ですから人は、時の支配を受けないお金に 期待をかけます。お金がすべてだとも考えるようになります。そして、お金を貯め込んだりすることになります。蓄 財です。
  これはプラスの利息をとって貸し出されます。そうすると、世の中で取引に必要とされるお金に対する需要とこ れに応ずるお金の供給が一致しなくなります。お金の供給がいつも需要を下回った状態となります。すると、お金 を借り入れるコスト、つまり利息が高くなります。ところが、この利息は皆がつくりだした富を増やさずに、その分だ け富から取り去られるわけです。当然、お金の需給が一致しないと経済には構造的な不均衡が発生します。経済が 危機を迎えることがあるのは、いまあるようなお金の仕組みに原因があるということになります。」
 利子についてエンデは次のように喩えています。」
 「利子は国民が生産したすべてに対する先取りです。音楽に合わせて椅子の周りを人が回りはじめます。突然、音が やむと、皆が椅子に座ろうとします。しかし椅子は一つ足りないのです。足りない椅子は利子で取り去られた分です。 ひとり杜会から落伍者が出ます。そして、また音楽が鳴りはじめます。また椅子が一つ足りません。こうしてゲーム は続くのです。たとえ、いま自分がうまく座れたにしても、それは誰かが落伍しているからなのです。いつ自分がその 目にあうかもしれません。そして貸付けの利子が複利の場合、長期の貸付けではそれが多いのですが、取り去られる 椅子が音楽が鳴りはじめるたびに多くなっていくのです。多くの人が債務の奴隷になって、人生を抵当にいれてしま っている現実を見ればよくわかることでしょう。」
 現実と乖離したお金は、どこに集まっているのであろうか。お金でさらにお金を増やせるように投機に使われています。いま国際為替市場で一日に取引されるお金の額は一・五兆ドルとも二兆ドルともいわれる。世界のお金の九五%が実際の経済取引とは対応しない単なる金融上の取引に使われているのである。金持ちのゲームとして使われているこのお金が徐々に生活経済に降りてくるとき、私たちは、さらにお金に追われ、苦しい暮らしを強いられてゆくのである。
 いま一千万円で暮らしている人は、すぐに一億円で暮らすようになるであろう。子や孫に至るほど負担を強いるシステムが既にできあがっているのである。
 金持ちは、その金をさらに増やせるように投資をする。施設や設備を行政で作らせ、そのメンテナンス料を将来にわたって受け取る仕組みを作ろうとしている。以前、富士通が一円入札をして問題となったことがある。導入時は多額の赤字でも、すぐに儲けをとれる計算がされているのだ。
 さて、それではどうすればこの悪循環を断ち切れるのであろうか。
 その試みは、世界各地で行われ始めた。
 お金を時の経過のなかで傷んでいくものにする消減貨幣やスタンプ貨幣にすることである。これは実は、いろいろな方式がある。ひとつは、計表自由貨幣で年初には一〇〇の価値が年末には九五に減価する自由貨幣紙券で、紙券の流通価値が紙券に印刷された表に示されているものだ。または、印紙のような小さな紙券を貼付するスタンプ自由貨幣の方式を採用したところもある。
 アメリカのニューヨーク州イサカ市では、10USドルを1アワーという単位にして、地域通貨を発行している。この10USドルというのはイサカ市での一時間あたりの平均賃金である。紙幣は偽造防止のために透かしを入れるなど普通の紙幣ときわめて似た造りになっている。
 アワーという地域通貨の発行量や時期、融資などは隔週で行われるIthaca Reserve Boardという地域通貨管理委員会において決められている。委員会はコミュニティの住民から選ばれた九人の評議委員で運営され、運営のための基金も設立されている。
 おみたまポイントゆめカードのようなものが、実際の地域通貨として、流通していると考えればいいであろうか。細菌では、ツタヤやファミリーマートなどでのTポイントや、セブンイレブンでのナナコのポイントなど、たくさん、ポイントがつくられている。その小美玉市バーージョンと考えればいいであろうか。
 これを、地域経済の活性化に活かせないかと考えたのである。おみたまポイントカードの点数で、納税できたり、また、逆に、小美玉市が支払うべきものを、このおみたまポイントカードの点数で行うのである。
 すると、そこには、通貨発行益(シニョリッジ)というものが生まれてくるのである。
 ここで、通貨発行益(シニョリッジ)について、解説しなければならない。日本では、日本銀行という中央銀行が紙幣を発行しているが、その紙幣の発行にかかる費用を除いたものが、通貨発行益となる。
 つまり、その紙幣の印刷にかかる費用とうを除いたものが、すべて、その発行したものの利益となるのだ。おみまたポイントゆめカードでいえば、なんら紙幣を発行することなく、ただ、そのポイントを加算、減算すればいいだけのことになるのである。小美玉市が納税を受けたり、支払うべきものを、日本銀行券という紙幣を、なんら使用することなく行えるのである。
 しかも、そのポイント=通貨は、小美玉市だけでしか使用することができない。
 経済が滞る原因は、通貨が流通しないことにある。人間でいえば、通貨とは、血液みたいなものである。血液が滞ってしまえば、必ず、病気になる。経済も同じである。その血液たる通貨を、滞りなく流通させるコツが、地域通貨にあると考えるのだ。
 食料のことでいえば、地産地消ということになるであろう。地域で採れたものを、その地域で食すということを表している。
 小美玉市の住民が、小美玉市だけでしか通用することができない、おみたまポイントカードの点数によって、生活するできるとしたら、滞っていた血液たるものが、順調に流れ始めることになると考えられる。小美玉市内での様々なサービスや商品購入ができるのである。
 我々が現在絶対視している日本銀行券という通貨が、いくらあろうとも、煮ても焼いても食えないのだ。生活に必要なのは、衣食住という現物である。ものがなければ、いくら日本銀行券があろうとも買うとができない。戦後の日本で、物々交換があったことを思い出してみると、想像できるかもしれない。
 通貨というものは、物々交換がうまくいかなかった際には、非常に便利であるが、ものがなければ、全く必要性が感じられないものなのである。我々が必要としていものは、通貨ではなく、普通に生活できる物資ではないであろうか。
 確かに、市外との取引もあるであろう。そのために、どうしても日本銀行券が必要になってしまう。だから、その小美玉市における納税や、支払いのすべてを、おみたまポイントゆめカードで行うには、難しいものがあるかもしれない。だから、まずは、その取引における支払いの、何割かを、このおみたまポイントカードの点数で行ってみてはいかがであろうか。
 小美玉市役所の職員の給料の何割かを、おみたまポイントカードの点数で行うのだ。その職員が生活に必要とするのものが、それで購入できうるのであるから、何ら生活に支障を来すことはないであろう。
 小美玉市が支払うべき日本銀行券が、必要なくなるのであるから、市の財政にも大いに貢献できるのである。もし、同じ人件費を、日本銀行券で支払うのであれば、より多くの職員を雇用することができ、より充実した住民サービスが提供できることだろう。

 今年2月、香川県観音寺市では、江戸時代につくられた寛永通宝が地域通貨として使用し始めた。一枚30円として利用できるとのことである。また、5月からは、愛知県豊田市で、「腐るおカネ化」として、お米による兌換通貨を「むすび」という単位で発行し始めた。1むすびは無農薬・有機栽培・天日乾燥の玄米0.5合(おにぎり1個分)と交換できるという。茨城県でも、昨年、つくば市で、100マイス=北条米500グラム(約250円)というものを発行している。
 その経済効果は、現在、検証しきれていないが、おみたまポイントカードによる通貨発行益により、小美玉市の財政に寄与することは間違いない。小美玉市と取引する場合には、おみたまポイントカードでも支払ってもらうことを、取引先に求めることにより、どうしても、おみたまポイントカードの点数が必要となるからである。
 そうした利益を、小美玉市の福祉や医療、教育などに費やしていってはどうであろうか。
 現在、世界的な経済危機が叫ばれている。これを打破する方法の一つが、地域通貨というものに活路が見いだせたのだ。
 日本でも、様々な地域通貨的なものが、つくられている。北海道苫小牧市ではガル、北海道寿都郡黒松内町のブナ~ン、北海道白老郡白老町のはぷ、北海道栗山町のクリン、北海道小樽市のタル、青森県のLASSE、岩手金率大学の結、宮城県仙台市のビーズリング、宮城県仙台市のまちづくりちけっと、山形県山形市の山形ARCH、山形県鶴岡市のもっけ、新潟県上越市のおまんただいすけい~ねかね、福島県合図地域のLETS会津、福島県伊達郡川俣町のどうもない、群馬県前橋市のMAAS,栃木県の鹿沼市エコマネー、栃木県足利市のありがとうコイン、埼玉県のエッコロ、千葉県千葉市稲毛区のピーナッツ、東京都町田市のまちだ大福帳、東京都練馬区のガウ、東京都南生活倶楽部のクラブ、東京都多摩ニュータウンのCOMO、東京都の高島平団地のにこ、東京都西東京市のコント、東京都渋谷区のアースデーマネー、東京都江戸川区のE-WAT、神奈川県藤沢市義行の善、神奈川県開成町のハート、神奈川県川崎市の福、神奈川県横須賀市のレインボーリング、神奈川県大和市北部のクラ、山梨県高根町の八ヶ岳福長、千葉県東金市のどんぐりエコマネー。群馬県前橋市のありがとう。長野県飯田市のムトス、富山県のドラー、富山県富山市の夢たまご、岐阜県岐阜市の楽市、愛知県愛知郡長久保手町の時間券、愛知県豊田市のエコー、新潟県村上市のキサラ、福井県小浜市のマリン、福井県鯖江市のえちぜん徳(とーく)、静岡県清水市のEGC,静岡県天竜市のベア、静岡県ふじのくにでのぱれっつ、長野県伊那市のい~な、長野県駒ヶ根市のずらぁ、長野県安曇野郡穂高町の安曇野ハートマネー、長野県上田市のまーゆ、石川県大野町のもろみ、愛知県上浮穴郡久万町のはねがい、愛知県知多半島のレッツチタ、愛知県名古屋市のなーも、京都府京田辺市のきゅう、三重県松坂氏のLOOP,三重県四日市市のポート、シップ、三重県津市の大夢、滋賀県草津市の子どもエココイン、滋賀県坂田郡山東町のルッチマネー、滋賀県野州郡野州町のスマイル、滋賀県草津市のおうみ、京都府綾部町のゆーら、京都府京都市のキョートレッツ、カモン、大阪市・豊中市・名古屋市緑区のさわやか愛知、大阪市中部のNALC,大阪市西成区釜ヶ先のカマ、大阪府大阪市のボランテキア労力ネットワーク、兵庫県姫路市の千姫、兵庫県宝塚市のZUKA,兵庫県神戸市東灘区のかもん、らく、兵庫県氷上郡の末杜、兵庫県神戸市西区神部谷木見区の木見(こうみ)、島根県松江市のだがぁ、広島県東広島市のカントリー、香川県高松市のまごころサービス、高知県高知市のエンバサ、エコメディア優、愛媛県松山市のとなりぐみ、愛媛県開善村のだんだん、愛媛県越智郡波方町のゆうゆうヘルプ、愛媛県新居浜大島のわくわく、愛媛県今治市玉川町のバンブー、福岡県博多区のよかよか、長崎県北松浦郡鹿野町のパールレッツ、大分県中津市のFUKU、熊本県水俣市の結い、鹿児島県川辺町の花子。過去史負けん鹿児島市玉里団地でのEarth、沖縄県那覇市のしおせんと、うちな~あわ~、など、実に地域性に富んだ、ものがいくつもおこなわれていることがわかった。これ以外にもあるかもしれません。
 先日、テレビで、東京都の高島平団地での相互扶助が放映されていたが、これ以外にもたくさんあるかもしれない。こういう実例の効果を研究して、小美玉市でも行う価値が十分にあると思われる。
 これらにより、小美玉市でも、実施してその経済効果を検証していく価値は、十分にあるだろう。

 もう一点、貨幣を使わずに相互扶助を行うシステムも考えられる。先日は、テレビで
 私の母は、暇な日曜日などに農業をしている二人の妹のところへ手伝いに行くことがある。一日手伝って、帰りに少しの野菜などをいただいてくる。それでも「今日は良く動いた」などと満足そうである。時々は、妹から農作物が届けられたりする。このような親戚付き合いを地域で作り出してゆけばよいのだ。
 ある幼稚園で父母に対して「どんな些細なことでもお手伝いして欲しいことがあったらお知らせ下さい」とアンケートを取ったところ多い人は百項目もの要望があったそうである。そしてそのほとんどがおじいさんやおばあさんがいたら出来ることなのである。ゴミを出したり、補修をしたり、買いものをしたり、届けものをしたりと簡単なものばかりである。これを地域で手伝うことが出来たら、地域に仕事があふれ、活気に満ちてくることは間違いないであろう。
 農繁期や子育て中の両親は、猫の手も借りたいほど忙しく働いている。一方、定年を過ぎて毎日が日曜日という方も地域には大勢いる。仕事から解放されたのに、テレビや趣味だけでは何かむなしさを感じているというのである。そのように方々に、個人の持っている資源(知恵や労力や時間やわずかなお金)を出し合って、「たすけあい」に応じて必要なサービスを行ってゆこう。それらを管理するボランティアの組織を作り、相互に助け合うことが出来たら、地域全体が活性化し、住みよい街になることだろう。いま隣人を助けた人もやがては介護という援助を受けるかもしれない。そのときは、無料で援助を受けられるように、中央の組織は記録しておく必要がある。
 役場が行うこと、それは温泉を掘るとか、サッカー場を作るなどと、子孫に負の負担を強いることではない。昔、農業をする人を百姓と言ったように百の職業を行う力を持っていた。退職した人たちも、それぞれが百を越える技術や能力を持っていることだろう。それらを引き出してあげることだ。それはゴミ拾いや草取りだけかも知れない。しかしそれらが集まったとき、生き生きとした人たちで街はあふれ、活気に満ちたものになることであろう。金持ちは金持ち同士で連帯して、さらに金儲けを考えている。そこに貨幣が介在するとき、多くの庶民は債務の奴隷になって、人生を台無しにされてしまう。現実を見ればよくわかることである。今こそ庶民は手を取り合い連帯しあって庶民のための街作りをしなければならないのである。



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